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一般武術論と特殊武術論(しょうもないSNS上の煽り合いとは?)

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  ヒクソン・グレイシー さて、今回は当初は過去ブログでの話題の補足をしようと、一般光子論と特殊光子論を一般量子論と特殊量子論にした方が良かったな… そして、この一般量子論の必要性は巨視物理視座にて有効であると言う話で、批判しているように見える特殊量子論は技術畑で結実していて、煽りを食ったのはエンタメやスピやそして武術じゃよね… なんて話題の展開を想定していたのです。 この延長の雑談 ① ② です。 では本文へ、 今回のテーマは特殊条件下で駆動する技術です。 この問いの発想は サイコロを振ることを拒絶した神とは?(アインシュタインに捧ぐ) こちらで、一般光子論と特殊光子論… 転じて今回から一般量子論と特殊量子論から着想しました、つまりは自然環境化で駆動する技術と特殊環境の用意が必須な技術についてです。 例えば、 量子コンピュータ、超伝導のリニア車両、内燃機関、蒸気機関 想定外の要素の混在を嫌えば嫌うほど当然ですがブラックボックス化し、人間の制御では手に余るようになります。 つまり、機能それ自体より特殊条件維持の方が大変だよねこれ🤔 何て印象の技術も多そうですが… 例えば、内燃機関は当たり前ですがガソリンに角砂糖を幾つか入れれば焼きつくため、ゆるい特殊環境と言う認識です。 例えばもっと緩くすれば温室栽培や酒蔵(こちらは厳しいですね)、まぁ機械技術に絞った方が良いやも? また特殊環境技術を一般環境へは完成品としてはコンピューターの小型化も言えますが、今回主題にしたいのは機能自体に特殊環境の維持性が強い… ではあります。 つまりは特殊量子論の科学技術はキチンと後世で発展し、結実しています。 ブログで指摘しているのは特殊量子論基準で展開された巨視物理の世界観の問題点で、そこについては一般量子論というアプローチが必要だし、現代ではまさにそこが最先端らしいぞ。 と、言う指摘です。 煽りを大きく受けたのは、エンタメ業界やスピ系そして武術系も巻き込まれて悲喜劇交々ですな… と言う感想です。 この辺りまでが想定通りの対話でした。 では一層深掘りしまして、このようなハイテクノロジーがローテクノロジーを本当に一瞬で駆逐するか?です。 まず持ってローテクノロジーとは一般にどのような定義なのでしょう? (Gemini:ローテクの定義) 「 現代の文脈において、ローテクは主に**「シ...

ネイティブ・アメリカンと共産主義の親和性って本当じゃろか?🤔

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  Fallout ( Pipboy ) 今回は、小耳に挟んだネイティブ・アメリカンと共産主義って親和性有りですよ、と言う話を小耳に挟み、私は政治知識が乏しい故… ほんとじゃろか?とGeminiと雑談 ① ② したものの大幅な要約・解説です。 「 近代共産主義の創始者の一人であるフリードリヒ・エンゲルスは、著書『家族・私有財産・国家の起源』(1884年)の中で、北米イロコイ族などのネイティブアメリカンの社会構造を詳しく分析しました。 エンゲルスやカール・マルクスは、これを**「原始共産制(Primitive Communism)」**と呼びました。 国家や法律、貨幣ができるずっと前の人類社会は、もともと「共産主義的」な暮らしをしていたという考え方です。 なぜネイティブアメリカンの社会と似ているのか?  「土地の私有」という概念がない ネイティブアメリカンの多くは、「土地や自然は神様や先祖からの授かりものであり、人間が所有・売買できるものではない」と考えていました。マルクスらの共産主義も、工場や土地といった**「生産手段の私有化」を否定**し、社会全体の共有にすることを掲げました。  階級や貧富の差が存在しない 誰かが大量の土地を独占して「地主」となり、他の人々を「小作人」として搾取するような仕組みがありませんでした。狩猟や採集で得た獲物や収穫物は、部族全体で分配されました。  国家や警察などの「暴力装置」がない 共同体のルールは長老会議や話し合いによって決められ、強大な権力を持つ「王」や、国民を監視・処罰する「国家機関」が存在しませんでした。 このように、理論上の目標だけで見れば、共産主義の理想郷は**「近代的なテクノロジーを備えたネイティブアメリカンの共同体」**のようなものを目指していたと言えます。 」(Gemini原文) ほうほう、大いに参考にはしていると、しかし何じゃい?この違和感は…この後の解説では国家規模による失敗がソ連にて見られた。 と指摘がありますね。 巨大な群れ、つまりは概念知由来のシステムの重要性については再三再四鏡雲流の頃から指摘しておりますしな。 「 文化や価値観における決定的な違い 構造の共通点(私有の否定)はあるものの、ネイティブアメリカンの思想とマルクス主義の間には、精神面で大きな違いもあります。 ...

サイコロを振ることを拒絶した神とは?(アインシュタインに捧ぐ)

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  陰陽太極図 今回は、ちょと苦労したGeminiとの雑談です。 と、言うのも幾度かGemini側で問いを受け付けなくなり、仕切り直しを幾度か繰り返したためです。 そこは、二つの対話 ① ② をリンクするので興味がありましたら、是非ご一読下さい。 こちらでの紹介はかなり纏めた要約と解説・補足ですので悪しからず。 今回は「神はサイコロを振らない」と言ったアインシュタインがテーマです。 さて、 雲流視座 からアイシュタインは何を神と呼称したのかです。 まずは、こう言った私見を紹介しましょう。 二重スリット実験 について、加速を条件から外したものが 特殊相対性理論 と呼称されるように、外的要因を排除した特殊条件の光子の振る舞いであるのが二重スリット実験という認識で、つまりは、この特殊条件下、つまりは雲流で言う環境圧を想定しない光子の振る舞いを基準に巨視視座への展開を量子物理学は現段階で模索しているのでは?と思えてしまいます。 つまりは、一般光子論と特殊光子論はあって然るべきで、一般光子論から巨視へ展開しないとおかしな振る舞いが巨視現実にて生じて当たり前ではと単純に思えてしまいます。 つまりは、雲流視座で言えば 環境圧の影波表現 がアインシュタインの言及する神では?と、すると腑に落ちる。 と言う、見立て考察です。コペンハーゲン解釈由来のシュレディンガーの猫やその討論の中の延長でアインシュタインの「月」に対する言及や「神はサイコロを振らないと言う表現があったと。 当時は最後まで量子の確率論的振る舞いに頭を縦に振らなかった頑固者として、老害扱いまでする層がいたようで、私も過去ブログでこの アインシュタインの執着を失敗扱い しています。 しかし、まてよ…おい一般光子論と特殊光子論ってあって然るべきでは?と言う見立てに立つとアララ?アインシュタインの言わんとしたことが違って見えてきますな🤔 と言う雑談です。 さて、そこを問うと 開放量子系(Open Quantum Systems)の力学 と言うものが先端との答えで、その延長出る疑問が 観測者 とは何であるか?です。 「 第1段階:人類種・意識なのか?(初期の混迷) 量子力学の黎明期(1930年代頃)、フォン・ノイマンやウィグナーといった一部の天才数学者・物理学者は「状態の確定(波動関数の収縮)を引き起こすのは、**人間の...

アインシュタインとボーアで考察する物理学の分岐点(岡潔氏に捧ぐ)

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  アインシュタイン と ボーア ( コペンハーゲン解釈 ) 今回は私が昔読んでいたNewtonと言う科学雑誌やNHKスペシャルなどで薄ら覚えている、重力は質量から生まれる空間の歪みで、重力子みたいなものは無いですよね? と、言う Geminiに対する問い から始まった雑談が思いもよらない深みを見せたのでその紹介です。 勿論ですが毎度のことで恐縮ですが雲流視座ですので悪しからず。 「 結論から言うと、現在の物理学においては**「重力子(グラビトン)が存在しない」と確定したわけではなく、現代物理学の二大理論の間で解釈が分かれている状態**です。 質問者様がおっしゃる**「質量による時空の歪み」という認識自体は、アイシュタインのアインシュタインの一般相対性理論に基づいた完璧に正しい理解**です。しかし、量子力学の視点を混ぜると少し話が変わってきます。 なぜ「重力子」が必要とされるのか? 自然界に存在する「4つの基本相互作用(力)」のうち、重力以外の3つ(電磁気力・強い力・弱い力)は、すべて媒介する素粒子が見つかっています。  電磁気力 \rightarrow 光子(フォトン)  強い力 \rightarrow グルーオン  弱い力 \rightarrow ウィークボソン 物理学者たちは、これら4つの力をひとつの統一的な理論(量子重力理論や超弦理論など)で説明しようと研究を続けています。その枠組みにおいては、「重力波という時空の揺らぎも、ミクロなスケールで見れば『重力子(グラビトン)』という素粒子の集まりとして記述できるはずだ」と考えられているのです。 現在の結論  巨視的(マクロ)な現象として: 「重力は時空の歪みである」という理解で完全に正しく、日常や天体運動を計算・理解する上では重力子を考慮する必要はありません。  微視的(ミクロ)な極限として: ブラックホールの中心や宇宙誕生の瞬間などを説明するには「時空の歪み」と「量子の性質」を融合させる必要があり、理論上は重力子が存在する可能性が有力視されているものの、未だ実験・観測での発見には至っていません。 したがって、**「一般相対性理論の立場では時空の歪みそのものであり、重力粒子を必要としない」**という意味であれば、その認識で間違いありません。物理学の未解決問...

執着を手放すと強くなる?

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  王向斉 今回は 「執着を手放す」 ことについてです。 確かアフリカで猿を生け取りにするのに蟻塚に穴を開けて種を入れて、猿が掴むと拳が引っかかって外れず、捕まって初めて脱力し手が抜ける罠を聞いたことがあります。  (余談ですがこの後に岩塩を舐めさせて水場に案内させるんですよw) さて、これは知性の問題でしょうか? 執着の問題でしょうか? このモチーフ、つまりは執着がもたらす失敗は童話でもちょくちょく見られますね。 「 執着と破滅を描いた代表的な説話・寓話 1. イソップ寓話『欲張りな犬』 肉を咥えた犬が橋を渡るとき、川面に映った自分の姿(と肉)を見て「あいつの肉の方がデカい」と吠え、口を開けた瞬間に持っていた肉を川に落として失うお話です。 共通点: 手の中にある現実の価値や安全よりも、さらなる獲得や執着(影への執着)にとらわれ、結果としてすべてを失う構造です。 2. イソップ寓話『壺の中の果実(クルミ)を握る少年』 口の狭い壺の中に手を入れ、中の果実をたくさん握りしめた少年が、手が抜けなくなって泣き出すお話です。そばにいた大人が「半分手放しなさい。そうすれば手は抜けるよ」と教えます。 共通点: まさに「猿の罠」の人間版です。「全部欲しい」「一度握ったものは手放したくない」という欲の固着が、物理的な身動きを封じています。 3. グリム童話『欲張りなおかみさん(漁師とその妻)』 助けた魔法の魚に願いを叶えてもらううちに、妻の欲望がエスカレートし、「家」→「城」→「国王」→「法王」→「世界を創った神になりたい」と望んだ結果、最初の粗末な小屋に逆戻りするお話です。 共通点: 「今得ているもの」で満足して手を緩めることができず、限界を超えて握り続けようとした結果、システム全体が崩壊して破滅します。 4. 仏教説話・百喩経(ひゃくゆきょう)『黒ごまの皮を剥く話』 黒ごまの皮を剥いたものが美味しいと知った男が、手間を省くために大量のごまを炒ってから皮を剥こうとして、結局ごま全体を台無しにしてしまうような「本末転倒」の滑稽話です。 共通点: 部分的なこだわり(皮を剥くこと/種を握ること)に集中するあまり、全体(全体の命や目的)が見えなくなる「視野狭窄」を描いています。 なぜ童話はこれを描き続けるのか? こうした物語が世界中で作られ続けてきたのは、人間にとって**「手放す(...

雲流が体認する力(Power)とは?

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  狼と鴉 今回は、 力(Power) とは何かです? 物理由来や精神的安定性、また筋肉由来など「力」と言うものはこの一文字では混濁性が大きい。  今回は、群由来の帰属意識から得られる力(Power)がテーマです。 このテーマで 雑談 をGeminiで展開しました。 社会生活において、無力を感じ「力」を求めるの感性のベースは大きなシステムと個の関係にて頻繁に語られる、例えば アドラー支持者 でさえ、同胞を求めずにいられない。 さて、大きなシステムについて雲流にて環境圧と呼称し、通底波形層において天体相と自然環境である自然相に由来しているとして、大きなシステムとはなんであるかと言う体認感覚はことさら重要です。  雲流視座は 龍樹哲学 にて親和性が高い。 例えば、ネイティブ・アメリカンとヨーロッパ移民では環境圧つまりは大きなシステムが何であるかに相違があり、雲流にてヤハウエは環境圧の影波表現としています。 しかし、ヨーロッパ移民は 古代ギリシャ由来の数理の檻 がもっと大きな環境圧としてローマ帝国時代には飲み込んでいる。 とすると概念知と体認知の違いが感覚しやすいでしょう。 ヤハウエが体認感覚由来の影波表現がその根であっても、概念知のドグマに飲まれたと言うのが雲流視座です。  この視座を持って観覚すると、ある時点で神道も仏教もキリスト教も天命思想も同実態の異称でありズレはそう大きく無いと感覚できる。 つまりはこれが体認知視座です。 であるので、冒頭のテーマに戻りましょう、敬虔な信者というものはいつの時代も存在するでしょうが、植民地政策などの概念知の対称伝播が、数理で世界を飲み込んでしまった。 所謂、啓蒙主義です。  さて、群れから得られるPowerは現代社会においては数理であるため、過剰適応した個体は数理中毒としています。 つまり、大抵の帰属意識は数理性序列由来として大抵の概念知は飲み込まれやすい。 ですので、これが例えば反社会勢力などに帰属しても数理由来のドグマ的エビデンス主義に飲み込まれやすい。 こうなると、信仰の歩みにしても学術の歩みにしても、全て同ルール上に乗せられてしまいディベート合戦が始まるわけです。 この数理の檻の住民の問題点の指摘として、序列化による奴隷のパイの取り合いとも取れます。 つまり、概念知の帰属意識から得られる力(Power)は権利意識に...

家庭から見る共生、共依存、共進化

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  カピバラ親子 今回は、Vの人の恋愛相談などでよく耳にする「共依存」と言うワードについての考察が主発点です。 たまたま、 星川サラ さんと 北小路翡翠 さんの恋愛マシュマロトークで聞いたのですが、まぁ別に彼女らでなくとも男女間の有り様でよく耳にするワードではありますね。 考察にあたってはカップル間の恋愛事情は正直 雲流視座と親和性が低い、と言うのも文化史や文化人類学は人為相の影波の話でしかなく、雲流は自然科学が出発点で、生態相での人類種以前の生物や進化から考察することが多いからです。 ですので、あくまで恋愛駆け引きのテクニックやカップル論でなく、 この「共依存」をまずは生物種にてどのような状態を指すのか? と言った出発点です。恋愛テクニック?そんなの、わかんねーしw まずは共進化と共依存の切り分けです。 共依存は宿主が死ぬまで食い潰す寄生虫。 共進化は昆虫と植物で見られる裸子から被子とともに関わりが変化。 と、してはどうでしょう。 「 共進化は、関係性の「変化・発達のプロセス(過程)」です。お互いに適応し合いながら、多様で高度な機能を生み出します。  共依存は、その進化の行き着く先(結果)として、自立性を失い「その関係性から抜け出せなくなった状態」と言えます。 つまり、**「共進化の果てに、極限まで適応しすぎた結果、共依存(片方が消えたら全滅する不可逆な状態)に陥る」**というグラデーションが存在する、と捉えると非常にすっきり整理できます。 」(Gemini原文) まさにで、共依存は緩やかな代謝機能の低下を含むので、長命とリスクが内在。  共進化はかなり長いスパンでしか見えて来ない、どうでしょう…例えば熊類と大腸菌の組み合わせがパンダへと、これが過渡期生物の例としてわかりやすいかも? 「 1. 形態(ハード)と細菌(ソフト)のギャップ パンダは遺伝子的・構造的には完全に肉食動物の消化管(短くて単純)を持ち、牛のような草食動物のような「複数の胃」や「長い盲腸」を持ちません。本来なら竹のセルロースを解体できる身体構造ではないのです。 しかし、パンダは**「腸内細菌(大腸菌群やクロストリジウム属など)」との共進化**によって、このミスマッチを力づくで補いました。植物性食物を分解できる微生物群を腸内に保持することで、肉食のハードウェアのまま草食化を成立さ...