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戦時の憑依と平時の愛

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大天使ミカエル さて今回は 「義和団の乱」について調べたことの延長で平時と戦時の違いについて面白い考察が出来ましたと言う、 Gemini との雑談 の要約・解説。 (Gemini:義和団の乱) 「 **義和団の乱(ぎわだんのらん)**は、1899年から1901年にかけて中国(清朝末期)で発生した、排外主義的な民間宗教団体「義和団」を主体とする民衆運動と、それに連動した列強諸国との戦争です。 中国では「義和団運動」、欧米では「ボクサー戦争(Boxer Rebellion)」と呼ばれます。 1. 発生の背景  列強による中国分割:日清戦争(1894〜1895年)で清が敗北したことをきっかけに、欧米列強や日本が中国国内に租借地を獲得し、勢力圏を急速に拡大しました。  キリスト教の布教と摩擦:洋教(キリスト教)の布教に伴い、伝統的な地元の習慣や権益が侵害され、民衆の間にキリスト教徒や外国人に対する強い反感が高まりました。  天災と社会不安:1890年代末に華北地方を襲った大洪水や大日照りなどの天災により、農民の生活が困窮。「外国人が神の怒りを買ったため天災が起きた」という噂が広がりました。 2. スローガンと展開  「扶清滅洋(ふしんめつよう)」:清朝を助け、西洋(外国人・外来文化)を滅ぼすという標語を掲げました。  義和団の拡大:拳闘(ボクシングに似た拳法)や呪術を行う民間結社「義和拳」から発展し、山東省から北京・天津方面へと急拡大しました。  清朝の対応と公使館包囲:当初、清朝政府は義和団を鎮圧しようとしましたが、勢力の大きさと民間の反外感情を利用して列強に対抗しようと考え、一転して義和団を支持。1900年6月、清朝の西太后は列強に対して宣戦布告し、北京の外国人公使館街を包囲・攻撃しました。 3. 列強の介入と鎮圧  8カ国連合軍の結成:日本、イギリス、ロシア、アメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、オーストリア=ハンガリーの8カ国が連合軍を結成して派遣されました(主力を担ったのは日本とロシア)。  北京陥落:1900年8月、連合軍は北京を占領・攻落。西太后と光緒帝は西安へと逃亡しました。 4. 結果と影響(北京議定書) 1901年9月、清朝政府と11カ国との間で事後処理条約である**北京議定書...

応用としての雲流の観意視座とは?(論文と伝書の違い)

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   雲流三相学の図示 今回はSNSで見かけたちょっとした文章を、ホムホムなるほどにゃー🤔 と、眺めつつも、この話はどういった古典にて語られているのじゃろか? と、ChatGPTに質問したことに由来する。 いつものGeminiとは違う 一風変わった雑談 の紹介・要約です。 では、見かけたSNSでのポストです。 「 最近将門公がよく話題になっておりますが、将門公の娘さんもそれはそれはかっこいいお方でしてね。名を「さつき姫」。 父の恨みをはらすため、日の本中のあらゆる呪術を学び、貴船神社に丑の刻に何度も参り、貴船の神様から妖術を授かった。 その後自らを『滝夜叉姫』と名乗り、朝廷への復讐を果たすため、お供の巨大な鬼と蜘蛛、「夜叉丸」「蜘蛛丸」を連れて父の遺志を継ぎもう一度反乱を起こそうとするとかいう気骨溢れまくったお方。 結局陰陽師に負けて諭されたあと将門公の供養のために出家して尼寺で過ごしたらしい。 ちなみに戦いの際に恨みを集めて召喚したのが巨大な骸骨の化け物、皆んな大好きかの有名な『がしゃどくろ』様だ!⬇️ この歌川さんの絵で知ってる人も多いのではないでしょうか。 昨日の地震の震源地は将門公の胴塚ですが、そこからまた少し離れたところにこのお方のまだちゃんとお墓もありますねぇ。 」 おや、まぁ…こーりゃ面白いですね。 これは出典は何でしょうか? (ChatGPT:滝夜叉姫と言う特定の難しい出典) 「 はい。調べてみると、これはかなりはっきりした出典があります。ただし、投稿文の内容そのものが一冊の古典にそのまま載っているというより、「滝夜叉姫」という伝説・芸能・浮世絵上のイメージが複数の作品を経て形成されたものと考えたほうがよさそうです。 特に重要なのは次の三つです。 まず一番近いのは、夢枕獏『陰陽師 瀧夜叉姫』 陰陽師 瀧夜叉姫です。 文藝春秋の『陰陽師 瀧夜叉姫 上』⁠ これは2005年刊の長編で、平将門・滝夜叉姫・陰陽師・妖術などを大きく扱っています。文庫版は上下巻です。 ただし、今回の文章にある 五月姫 → 貴船神社で丑の刻参り → 妖術を授かる → 滝夜叉姫と名乗る → 大宅太郎光圀と戦う → がしゃどくろ という典型的な滝夜叉姫伝説の筋そのものを探しているなら、夢枕獏作品より、さらに古い伝承・絵画資料を見るべきです。 ⸻ 「五月姫」という...

『拳意述真』で言及される「先天の気質」と「後天の気質」とは?

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  孫禄堂 の三体式 今回は、子供と大人の勇気について前提条件が違うのでは?と言う疑問から開始した Geminiの雑談 でした。 しかしこの流で『 拳意述真 』にて私が以前から心に鎮座していた「先天の気質」と「後天の気質」の( 雲流 での)明文化に繋がりましたよ!と言う話です。 冒頭で、まずGeminiに子供の勇気と大人の勇気の違いとは何であると認知しているか質問してみましょう。 (Gemini:子供と大人の勇気の違い) 「 子供の勇気と大人の勇気——非常に深みのある、そして人間の精神性や身体感覚の変化を綺麗に映し出すテーマですね。 私自身の所感として最も直感的に感じるのは、**「知性(予測力)とリスク認知の差が、勇気の性質を根本から変えている」**という点です。 子供の勇気  無垢な躍動と突破: 先の展開や社会的・身体的な代償(リスク)をまだ完全に知らんがゆえに発揮される、前配慮のない直情的な一歩。  自己統合のための衝動: 世界を広げるための「好奇心」や「憧れ」と地続きになっており、限界を超えて自己を獲得しようとする純粋な力。 大人の勇気  受容と引受の意志: 失敗した際の代償(摩擦、痛遠、社会的責任、構造的連鎖)をあらかじめ脳内で予測・認知した上で、それでもなお踏み止まったり踏み出したりする覚悟。  静的な耐性: 単なる「前進」だけでなく、「退かないこと」「あえて何もしないこと(耐えること)」や「不条理を引き受けること」など、多層的な質を帯びる。 子供の勇気が「世界の未知に向かって身体をひらく衝動」だとするならば、大人の勇気は「構造や予測の影を知った上で、それでもなお自己の軸を保ち直す選択」と言えるのかもしれません。 この「子供の無垢な突破」と「大人の責任を伴う選択」の対比について、あなたはどのような切り口(あるいは感覚的・構造的な違い)から捉えていらっしゃいますか? 」 概ね、私の意図通りですね。 基本的に子供はその経験の少なさ、また親の庇護によるサポートの厚さから万能感に呑まれやすい。 しかし成長と共に行動半径が大きくなり親の庇護から外れ始めて、万能感が削がれて行き、改めて周囲の状況のままならなさを知りるわけです。 そして徐々に勇気を試される状況へと移行して成熟するのが、子育てする種のアーキタイプでしょう。 ...

同名称異実態の持つ認知の罠

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安田講堂事件 さて、今回のSNSなどを見ていて、 「おや?この文脈でこの言葉? うーんなんとも言えない違和感が…」 なんて、感じる時に例えばどんなケースが想定されるのか?  がテーマの Geminiとの雑談 です。 では今回、どんな文章を見かけたか… は、伏せましてそこで見かけた「自己否定」と言う単語についてです。 まずは、一般的また特殊な使い方としての「自己否定」と言う言葉を提示してもらいます。 (Gemini:自己否定とは?) 「 自己否定(じこひてい)とは、文字通り「自分の存在、能力、価値、考え方、あるいは行動を否定・否定的に評価すること」を指します。 日常的な心理学的文脈から、哲学的・文芸的な概念まで、文脈によって大きく意味合いやニュアンスが異なります。 1. 一般的な使い方(日常・心理学・ビジネス) 日常会話や心理カウンセリング等では、主にネガティブなニュアンスや「自己成長の手続き」として使われます。  ネガティブな自己否定(自己低評価・自責) 自分の性格、能力、価値観などを認められず、「自分は駄目だ」「価値がない」と低く評価する状態。  例: 「失敗続きで完全な自己否定に陥ってしまった」  ポジティブ・建設的な自己否定(現状否認・脱皮) 現在の自分(のやり方や古い価値観)に満足せず、新しいステップへ進化するために敢えて既存の自分を崩すプロセス。  例: 「過去の成功体験を自己否定して、新しい事業モデルに挑戦する」 2. 特殊・専門的な使い方(思想・哲学・文学・歴史) 思想史や哲学、特定の運動史などでは、より高度な概念として使われます。  ヘーゲル弁証法における「自己否定」(Die Negation ihrer selbst) ある概念(正)が自らの内的な矛盾によって一旦自らを否定(反)し、それを超克してより高い次元に統合(合・止揚)していくプロセス。発展と成長に必要な「止揚(アウフヘーベン)」の前段階として位置づけられます。  全共闘・1960年代後半の学生運動における「自己否定」 「特権的な立場にある学生(エリート)」としての己を否定し、権力構造や帝国主義に加担している自分自身を徹底的に批判・解体しようとした思想的スローガン。  宗教・倫理における「自己否定」(無我・執着の放棄) エゴ...