観意視座での「イエスに香油を注ぐ女達」
イエスに香油を注ぐ女 さて、今回は私にとって知識の薄いキリスト教… つまりは新約聖書でのエピソードである「香油を注ぐ女」についてです。 さて、キリスト教徒では無い私が何故、聖書のエピソードについて印象があるかと言えば、様々なメディアでの散見する話は勿論、高校生の頃におそらく新約聖書を母校の高校の前で配っていたのを読んだり、ビジネスホテルに備え付けてある「新約・旧約聖書」に目を通したことがあるからです。 この話を出発点にした Geminiとの雑談 です。 さて、まずはGeminiに該当するエピソードの詳細を提示してもらいます。 (Gemini:二人の香油を注ぐ女) 「 聖書には女性がイエスの足(または頭)に香油を塗り、それを見た周囲の人間が批判し、イエスがそれを嗜めて女性を庇うエピソードが記されています。 福音書によって「誰が女性を批判したか」や「イエスがどう叱責したか」の焦点が異なり、大きく分けて2つの文脈で語られています。 1. 「罪深い女」の悔い改めと赦し(ルカによる福音書 7章) ファリサイ派のシモンという人物の家で食事をしていた際、街の「罪深い女」が涙でイエスの足を濡らし、髪で拭き、香油を塗った場面です。 周囲の批判: 家の主人シモンは心の中で「この人が預言者なら、触らせている女がどんな罪人か分かるはずだ」と冷やややかに見下しました。 イエスの叱責と教え: イエスはシモンの高慢さを見抜き、二人の負債者のたとえ話を出して諭しました。 「あなたがたはこの家で私に足を洗う水も出さず、挨拶の口づけもしなかったが、彼女は涙で足を洗い、足に口づけし、香油を塗ってくれた。多く赦された者は、多く愛するのだ」 イエスは冷淡な態度をとった主人シモンを戒め、女性の深い感謝と信仰を称賛してその罪を赦しました。 2. 香油の無駄遣いだと咎めた弟子への叱責(マタイ・マルコ・ヨハネによる福音書) イエスが十字架にかかる直前、ベタニア村で起きたエピソードです。(ヨハネ福音書では、女性の名はラザロの姉妹マリアとされています) 周囲(弟子たち・ユダ)の批判: 非常に高価な香油(労働者の1年分の給与に相当)を惜しげもなく注いだ女性を見て、弟子たち(特にイスカリオテのユダ)は「なぜこんな無駄遣いをするのか。売って貧しい人々に施せばよかったのに」と激しく怒り、女性を責め立て...