仁愛の抽象度(有徳に常道無し)
カテリーナ・スフォルツァ 前回のブログ記事: 鏡雲流での「遊」の重要性(二点のバランスと、三点のバランス) で、「宋襄の仁」について言及しているのですが、そこで私はフッと思い出したことがありました。 つまりは、 「王者が行う仁と市井の個人の行う仁ではその抽象性にて乖離が大きく、王者の仁ともなれば国民の安寧維持もその仁に入るからこその「宋襄の仁」ではあります」 としています。 立場を弁えない「宋襄の仁」は「仁」では無いぞ😡 と言う見立てではありますが、このことである人物のエピソードが浮かびました… が… 名前が思い出せん… と、言ったところが出発点のGemini(以下KG)との対話の要約・解説です。 Gemini: 王の徳と市井の徳 さてさて、該当人物の覚えているエピソードを…KG君に… えーと… ヨーロッパの王族の女性の話で、反乱した民衆に捕まり砦に籠る兵の投降を子供を人質に依頼されるも、砦に入った途端に子供はまた産めると反乱した民衆に性器を見せつけて煽った話があったと思いますが、どなたの話か特定できますか? 「 その強烈なエピソードの主役は、14世紀イタリアのフォルリ公妃、カテリーナ・スフォルツァ(Caterina Sforza)です。 「イタリア・ルネサンスの女傑」として知られる彼女のこの逸話は、歴史上でも類を見ないほど肝の据わった(あるいは過激な)エピソードとして語り継がれています。 事件の背景:フォルリの反乱(1488年) 1488年、カテリーナの夫であるジローラモ・リアーリオが暗殺されました。反乱軍はカテリーナと子供たちを捕らえましたが、街の要塞(ラヴァルディーノ砦)を守る守備隊長だけは降伏を拒否しました。 反乱軍は「カテリーナが砦に入って守備隊を説得する」という条件で、彼女を一時的に解放します。その際、彼女の子供たちは人質として反乱軍の手元に残されました。 伝説の「スカートをまくり上げた」場面 砦に入ったカテリーナは、約束を反故にしてそのまま籠城の構えを見せました。怒った反乱軍が、砦の下に子供たちを引き出し、「降伏しなければ子供を殺すぞ」と脅した際、彼女は城壁の上に立ち、こう言い放ったとされています。 「殺したければ殺すがよい! 私はこれ(生殖器)を持っている。子供などいくらでもまた作れるのだ!」 (“Ho con me lo stampo per f...