AIとの対話に見る他者とのズレと向き合う面白さ。
HAL9000 今回はブログの査読をChatGPTに依頼することで発生した、ちょっとした揉め事の紹介です。 非常に面白く、私のブログにおいて何故AIとのやり取りを載せることを好むかの典型例ともなりそうな個人的に素晴らしいものでした。 では、どう言った中で発生したか、その前段の説明をしておきましょう。 AI(ChatGPT)に ブログの査読 を依頼すると「ここは強い」と言う表現をするのですが…うーん、何がじゃい… と言う私のモヤモヤとした違和感からゴングが鳴りますw 私 あまりにも気になるので、確認しておきたいのですが、貴方は「強い」をどう言った基準、また含意で指摘しているのですか? どうにも、違和感が大きいので… ChatGPT はい。ここは私の言い方がかなり曖昧でした。 結論から言うと、私が査読で使った「強い」は、「断定しすぎ」「論理的に無理がある」という意味だけではありません。 私が混同していたのは、少なくとも次の三つです。 1. 主張の強度 — どれだけ大きな因果関係を主張しているか 2. 史料的確度 — 現在確認できる史料から、どこまで確実に言えるか 3. 観意としての射程 — 一つの仮説から、どこまで世界史的・文化史的な説明へ伸ばしているか そして前回の私は、主に ①と②の「強さ」 を指摘したつもりでした。 ただ、あなたの文章を読むうえでは、③まで含めて「強い」と表現してしまったため、かなり違和感のある査読になったと思います。 私 つまりは、適切な強度でない、と言った含意ですかね。 その基準に貴方の主観を出来るだけ外したいがために、エビデンスによる担保を基準とし、ミッシングリンク部分の考察が含まれると、比較において適切でない強度に感じてしまう。 こう言った基準においての「強度評価」であると。 解説 この時点で私はChatGPTの応答から、エビデンスを基準点として評価軸を形成するChatGPTは、エビデンスの無い部分であるからこその価値があると言う観意家視座の考察を嫌い、論の飛躍を強さ表現している… と、私は判断して問うています。 えーこう言った場合に強いって表現は違和感が大きいですぞ、と。 ChatGPT はい。かなり正確です。 そして、その整理までしていただくと、私が前回「強い」と言ったときの評価軸そのものがはっきりします。 私の「強い」は、...