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観意家が観るリバタリアン

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  さて、今回はたまに耳にするリバタリアンとは何ぞや?と言う問いが出発点のGeminiとの雑談です。 「 リバタリアン(リバタリアニズム/自由至上主義)は、個人の**「自由」を最優先の価値**とする政治・経済の思想、およびそれを支持する人たちのことです。 「自分の人生や財産は自分自身のものである(自己所有権)」という考え方を究極まで突き詰めているのが特徴で、しばしば一般的な「保守(右派)」や「リベラル(左派)」の枠組みには収まらない独自のポジションを取ります。 リバタリアンの核心にある基本原則や、他思想との違いを分かりやすく整理しました。 1. 3つの核心的な原則 リバタリアンの主張は、驚くほどシンプルな一貫性に基づいています。  自己所有権(Self-Ownership) 自分の身体、時間、労働、そしてそれによって得た財産は、100%自分自身のものであるという考え方です。したがって、他人がそれを強制的に奪ったりコントロールしたりすることは許されません。  不侵略原則(NAP: Non-Aggression Principle) 「他人の身体や正当な財産に対して、先に暴力を振るったり、脅迫したりしてはならない」という絶対的なルールです。リバタリアンは、この原則を個人だけでなく**「国家」にも適用すべきだ**と考えます。  経済的自由(完全な市場主義) 物やサービスのやり取りは、国家の介入(規制や保護)なしに、個人の自由な契約と市場のメカニズム(需要と供給)に任せるべきだと主張します。 2. 一般的な思想との違い(リバタリアンの位置付け) よく「自由主義(リベラリズム)」や「保守主義」と混同されがちですが、以下のように明確な違いがあります。 リバタリアンは、経済面では「超・右派(徹底した資本主義)」でありながら、個人の生き方や道徳の面では「超・左派(国家が個人の私生活に口を出すな)」というハイブリッドな性質を持っています。 3. 具体的にどのような政策を支持するのか? この思想を実際の社会に当てはめると、非常に極端とも言える以下のような主張になります。  小さな政府(夜警国家論): 国家の仕事は、他国からの防衛(軍隊)、国内の治安維持(警察)、裁判の3つだけで十分であり、それ以外(教育、医療、福祉など)はすべて民間企業や...

クトゥルフ神話の宇宙観から結城友奈のヒロイズムへ

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  今回は元祖 コズミックホラー と名高い H.P.ラブクラフト とその後続作家達の作品群である クトゥルフ神話 について、宇宙観の人類史を考察しつつクトゥルフ神話の宇宙観を解体・分析してみよう!と言った切り口で始めたロゴスとの対話が脱線しまくりつつも、新たなテーマを生み出しそうな息吹が其処彼処に現れた対話の要約です。 ChatGPT: 宇宙観とクトゥルフ まず私はそもそも人類史において宇宙観がどう言った変遷をしているかを探ってみましょうかねと、そのためまずはとロゴスに東西問わず古代古典での宇宙観の紹介を依頼します。この私の依頼を受けロゴスは各文化圏での代表的な宇宙観を提示してくれました。 ふむ、とこれらを眺めてみると、代表的な宇宙観の種類を3つに切り分けられそうです。つまりは、神性秩序 哲学的秩序 物理的秩序 の3要素ですな。 つまり古代古典の宇宙観はこの3要素から分類… ありゃ?この3要素で現近代まで通底するわいな。  では、この3要素からクトゥルフ神話での宇宙観を解析できますな。 つまりは エーテル宇宙 を泳いで飛来するモンスター達がクトゥルフ神話の中核ですので、神性秩序と物理的秩序の宇宙観に立脚すると言えそうです。この辺りのクトゥルフ神話の見立てについてロゴスは大いに賛同してくれました。 おー神性秩序&物理的秩序の宇宙観か… これ、結構 珍しいタイプでは?と思いロゴスにクトゥルフ系以外でこの神性秩序&物理的秩序の組み合わせた宇宙観を持つ他の作品を聞いてみました。そこでロゴスが提示してくれた作品群に私も知る作品もありますな。 「 ソラリス 」「 遊星からの物体X (ザ・シング)」「 メッセージ 」です。 いずれも映像作品として視聴しています。 特に「遊星からの物体X」は知らずにクトゥルフ作品だと吹聴されて視聴すれば、少なくとも私はコロッと騙されそうです。更にとロゴスは「 2001年宇宙への旅 」を提示してくれました!なるほど旧神のようなモンスターこそ登場しませんが、神性秩序&物理秩序と確かに言えそうです。 特に次作の「 2010年宇宙への旅 」での HAL9000 の顛末は自己犠牲と昇天をAIが行うと言ったもので、「 攻殻機動隊 」の人形遣い事件の顛末にも近しいものでした。 なるほどな… さて、ロゴスの提示してくれた作...

対立構造を避ける一手段について

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今回はXのおすすめに流れてきた一 ポスト を元に展開される話です。 こちらの写真はヒーローショウを観るキッズのワンシーンです。これを見てフッと思い出すのは私自身キッズの頃の写真では大抵 スペシウム光線を放っていましたなと… こう言ったヒーローポーズは昔はスーツアクターが考案したりしていたのでは?と、光岡老師も座学として取り上げていて、その中でもウルトラ兄弟の光線技のポーズがそのアクターの身体性の表現となっている可能性について先生は考察を披露されたりしていました。 そう言えば初代仮面ライダーの 藤岡弘 さんなども自身で変身ポーズを考案されたとも耳にした事があります。  さて、この興味深い話は是非 光岡武学などに参加していただき自身で体認経験をしていただきたいのです。 他に 光岡武学 で当時 よく言及された身体性に関する象徴的な話に『椅子に腰掛ける習慣とする文化が身体性の脆弱化に繋がる』といったことについての言及があります。 これについても、是非 光岡武学に足を運んで頂きたいところです。 ですので、今回 言及したいのは良くSNSなどで見かけるイザコザについてです。 と言うのもある時期にSNSで イス軸法 なるものが流れてきた時期があったので、例えば光岡武学の経験者が前段の光岡先生の言説にイチャモンつける論拠に利用するかもなと、期待半分でしばらく眺めていたのですが少なくとも私はそう言ったものは見かけませんでした。 と、言うのも光岡武学の体験者の中には自身の武術経験また常識と信じていたものとの乖離があまりにも大きいため途中脱落する人も多いと聞いており、私も二、三人はそう言った方を目にしています。 この椅子に腰掛ける事に纏わる二つの事象ですが、一方は脆弱化し一方は軸形成を通して頑強になるとのことで一見相反して見えるやも知れませんが、脆弱化は椅子を取り込む事で波及する文化全体の影響と身体性の話であり(また正座との比較を通した話し)、一方でイス軸法はイスを道具に見立てた言わばエクセサイズの話です。 つまりは、前提条件から言及される結論を含めて椅子以外に共通点のない全く違う話をしているように私には見受けられるのです。 つまりは双方が真であっても何の問題のない話なのですが… ですが、SNSなどではこう言ったことを発端にしょうもない対立煽りをする輩も少なくないと言った印象で、最...