「兵は詭道なり」の含意とは?

 


今回はよく聞く『孫子の兵法』の「兵は詭道なり」の解説に、


「兵は詭道なり(へいはきどうなり)」とは、中国最古の兵法書『孫子』の始計編に記されている有名な一節です。

意味:
「戦争とは敵を欺(あざむ)く行為である」という意味です。勝利を収めるためには、正攻法だけでなく、相手の裏をかき、心理的な隙を突く「だまし合い」が不可欠であるという現実的な軍事思想を表しています。

『孫子』ではこの言葉に続けて、具体的な欺きの例を以下のように挙げています。
能なるもこれに不能を示し: 能力があっても、ないように見せる。
用なるもこれに不用を示し: 攻撃しようとしていても、しないように見せる。
近きもこれに遠きを示し: 近くにいても、遠くにいるように見せる。
遠きもこれに近きを示し: 遠くにいても、近くにいるように見せる。

現代における解釈:
現代ではビジネスやスポーツなどの競争社会においても、「手の内をすべて明かさず、戦略的に優位に立つことの重要性」を説く格言としてしばしば引用されます。
より詳細な解説や原文を確認したい場合は、「孫子 始計編」の解説ページ(wikisource)などで全文を閲覧できます。」

このような解説が主流なんでしょうかね? これについて、何の異論もないのですが、私のイメージとして「孫子の兵法」をビジネスなどで活用を謳った書籍は大抵 部分の切り抜きを前後を意図せず解説していると言う認識でしたので、そこに疑問を持ちGrokと対話したものの要約・解説です。


私の解説:孫子が本当に言いたかったこと

1.  戦争の本質は「騙し合い」
孫子は「正々堂々」と戦うことを理想とはしていません。むしろ、敵の認識を操作することこそが勝利への最短ルートだと考えました。
これは「嘘をつく=悪」という道徳論ではなく、相手の判断を狂わせて味方の損害を最小限に抑えるための現実的な戦略です。

2.  「示す」(見せる)=情報戦の原型
最初の4つ(能・用・近・遠)は、現代で言う偽情報・偽装工作そのものです。
例:第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦で連合軍は、カレー大軍を偽装してドイツ軍をパ・ド・カレーにつなぎとめ、本命のノルマンディーを空けた。

3.  敵の心理状態を利用する12の具体策
孫子は単に「騙せ」と言わず、敵の感情・状況に応じた具体的な心理操作を挙げています。
これらは現代の交渉・営業・競争戦略にもそのまま応用可能です。
』(ロゴス原文ママ)

ふむ、少なくともロゴスは孫子は「正々堂々」と戦うことを理想とはしていません。としています。 うーん、ほんとじゃろかね? 

では、一つ一つロゴスの解釈を私が異とする論拠を積み上げましょうか。 そうですね、今回は例を挙げGrokに自発的に論を積み上げていってもらいましょう。

まずは、「空城の計」です。こちらは諸葛亮が行った「三国志演義」での架空の計略ですが、こちらのロゴスの評価を知りたいですね?

孫子が計篇で挙げた詭道の核心は、
•  敵の認識を操作する(「示す」=見せかける)
•  敵の判断を狂わせる(油断・疑心・過信を誘う)
•  無備(備えのないところ)を攻める、または不意に出る
空城の計はこれを完璧に実践しています。

つまり、**「弱さを強さに見せかける」**という究極の欺瞞工作。
孫子が言う「近而示之遠、遠而示之近」(近くても遠くに見せ、遠くても近くに見せ)や「強而避之」(強いときは避ける)の逆パターンで、弱いときに敢えて「強いふり」をして避けさせるのです。
』(Grok原文要約)

つまりは、詭道であるとGrokは見解を提示してくれました。 ふむふむ、納得です。 では、「空城の計」が成立する条件を問うてみましょう。

1. 状況的条件:自軍が圧倒的に劣勢で、通常の防衛が不可能な場合

2. 敵側の性格・心理的条件:慎重で知略に長けた指揮官であること

3. 実行側の準備・リスク管理条件:完璧な演出と代替手段の不在
』(Grok原文要約)

ふむふむ、

1.彼我の戦力差 

2.司馬懿の心理・性質 

3.実行環境の整備

ですか… おやおや、諸葛亮が行った自身のイメージ戦略が抜けてるようですが、広義には2がそれでしょう、しかし誰でも行える策では無いことは強調しましょうか?

私は諸葛亮を堅実な実務型将であり緻密な戦略を尊び詭道・奇策は避ける傾向にあるという認識です。 こちらを問うてみます。 共通認識は得られるでしょうか?

陳寿正史『三国志』著者)は、諸葛亮を次のように評しています:

•  「奇正の変に長じず」=奇策(意外性・奇襲・変則的な謀略)を好まず、正攻法(正面からの堅実な戦い方)を主とした。

•  「謀を多く巡らすが決断に欠けるところがある」(司馬懿の評価も似ていて、志は遠大だが機をみるに敏ではない)。

•  「用兵は奇計を使わず、危険を冒さない」という批判的な指摘もある一方で、「蜀が弱小国であることを知り、慎重に国を保った」と擁護する声も。

•  内政面では極めて優秀:法を厳格に整備し、蜀の財政・軍備を立て直し、農政・屯田を推進。実務型・行政家としての評価が非常に高い。

つまり、正史の諸葛亮は:

•  緻密で計画的、リスクを極力避ける。

•  長期的な国家運営を優先し、一発逆転の奇策より着実な積み重ねを好む。

•  北伐(魏への遠征)も、補給線確保・兵站重視の堅実路線で、華々しい大勝利より「蜀の存続と消耗戦による魏の疲弊」を狙っていた。

あなたの「堅実な実務型将」「奇策は避ける傾向」という認識は、この正史像にぴったり合致します。陳寿自身が「古来より奇計を使わず成功した者などいない」と欠点として指摘している点からも、**奇策を積極的に使わなかった(使えなかった)**という評価が主流です。
』(Grok原文要約)

やはり、陳寿も同じ評価でしかも「石頭」ぐらいには思っていそうです。

では、司馬懿が諸葛亮を陳寿に近い評価で判断していたと仮定しての、諸葛亮が行う空城の計の心理効果をどう評価するのでしょう?

1. 空城の計の心理効果の基盤:司馬懿の「思い込み」の逆利用

2. 孫子兵法との連動:詭道の心理操作の極み

3. 限界と全体評価:フィクションゆえの理想化
』(Grok原文要約)

そうですね、ロゴスは詭道を避ける諸葛亮だからこそ効果が発動した奇策であるが、とは言え「空城の計」は「三国志演義」での創作であるからでしょう… 実際の諸葛亮はこのような詭道を使うかと言えば疑問です。 と言ったところでしょう。

では、郝昭です。諸葛亮は彼の守る城の攻略を諦めて迂回したはずです、ロゴスは彼をどう評価するか興味がありまし。

1.  攻城兵器の全てが通用せず、落城の見込みが立たなかった

2.  蜀軍の兵站(補給)が限界に達した

3.  魏の援軍(張郃・費曜など)が迫っていた
』(Grok原文要約)

おっと、こちらは諸葛亮の視点ですね。そりゃ前段の流れで言えばこうなりますかね。

では郝昭の使ったと思われる奇策・詭道はありましたか?ではどうですかね?

郝昭は兵力わずか1,000人前後(『魏略』記載)で、数万規模の蜀軍を20数日耐え抜きましたが、その方法は以下の通りです。これらはすべて正攻法・実戦的な対抗策で、詭道(欺瞞・奇襲・心理操作)の要素は薄いです。

郝昭に「詭道」はほとんどなかった

•  郝昭の成功は孫子の詭道ではなく、孫子の「守るなら固く、備えあれば憂いなし」(形篇などの守備論)に近い。

•  積極的な欺瞞・奇襲ではなく、事前準備 + 即時対応 + 士気維持の組み合わせで、諸葛亮の緻密さを上回る「堅実さ」で勝った。

•  だからこそ、諸葛亮のような「奇策を避ける実務型」相手にこそ、郝昭のスタイルは効果的だったと言えます。詭道を多用する将(例: 司馬懿や陸遜)とは対照的です。
』(ロゴス原文ママ)

ふむ、郝昭の評価は諸葛亮と同じく、堅実なタイプで詭道を使わない王道・常道が得意と言う評価のようです。

ふむ、では仮定です。郝昭の勇名はこの諸葛亮との一戦しか私は知りませんが、この堅実な印象を持つ彼に奇策に長ける軍師がつくことの効果をロゴスはどう評価するでしょう。

1. ポジティブな効果:堅実さと奇策の「補完関係」で戦力を倍増

2. ネガティブな効果:スタイルのミスマッチによるリスク増大

まとめ. 郝昭の性格が「奇策を避ける」傾向なら、軍師との信頼関係が成立条件。
』(Grok原文要約)

つまり、この軍師の注意点として郝昭の印象を最大限に使う必要があり、転じて奇策・詭道は最小限にする必要があるように思います。


私の総合評価
•  あなたの考えは正解に近い:郝昭に奇策軍師がつくなら、「印象最大活用 + 詭道最小限」が鉄則。
これを守れば、効果は8~9/10くらいまで引き出せます(陳倉戦をさらに長引かせ、魏の援軍到着を確実にするレベル)。

•  逆のパターン(奇策多用)は危険:イメージを崩すと、郝昭のポテンシャルが半減。むしろ「普通の守将」になってしまう。
』(Grok原文要約)

ふむ、郝昭は彼の堅実さに詭道に長けた軍師を付けることで、能力が大幅な助けになりそうですが、その作戦また回数、なにより郝昭との信頼関係が重要であると言えそうです。
うーんそうですね、呂蒙陸遜の関係などは近しいやも?

さて、次に司馬懿です。五丈原での諸葛亮との戦いで彼が使用した奇策・詭道を教えて下さい。

1.  徹底した拒戦・持久戦(最大の心理操作)

2.  陽遂(陽遂)への誘引工作(陽動・牽制)

3.  女装(巾幗)の侮辱に対する「耐え忍ぶ演技」


司馬懿の五丈原での詭道の本質
•  奇策の多さではなく、奇策を「使わない」ことの奇策。
孫子の「戦わずして勝つ」を実践し、諸葛亮の「緻密だが補給に弱い」弱点を突いた。
郝昭の陳倉防衛戦に似て、堅実さが最大の武器。諸葛亮の挑発をすべて耐え抜いたことで、蜀の北伐を事実上終わらせた。
』(Grok原文ママ)

やはり、司馬懿も五丈原で諸葛亮と対峙したときは、堅実な作戦で目立った詭道は使用してないようです。
例えば陸遜なども夷陵の戦いでの火計による派手な逆転劇が印象的です。しかし、そこに至るまで徹底した守勢による持久戦を行い、劉備に仕掛ける(おそらく詭道を含む)ことを抑え、諸将と非常に険悪になり信頼を大いに失った上での逆転劇であったのは有名です。
さて、冒頭の孫氏の兵法で言及される「兵は詭道なり」に戻ります。今までの詭道・奇策の有効条件から記述にする必要もない常道・王道の必要性が現れて来ませんか?

結論:孫子は「詭道の本質」を説きつつ、「常道・王道の絶対必要性」を前提としている
•  「兵は詭道なり」は戦争の現実を突きつけた言葉ですが、孫子はそれ以前に「五事」の道・将・法を徹底的に重視。
•  つまり、王道(民心・大義・仁義・信用)で基盤を固め、常道(正攻法・備え・持久力)で耐え、詭道で勝ちを決める——これが孫子の完全な勝利方程式。
•  今までの議論で詭道の「条件の厳しさ」が明らかになったのは、まさに常道・王道の重要性を逆照射している証拠です。
』(Grok原文要約)


つまり、常道の重要性は当たり前だが、詭道も使わなければままならないぞ。転じて、常道は基礎教養・基礎戦略を支える骨子であると行間を読めませんか?


「基礎教養・基礎戦略を支える骨子」という表現の的確さあなたの言葉を借りると、まさにこうなります。

•  常道 = 基礎教養・基礎戦略の骨子
(読書・体力づくり・財務基盤・法整備・信頼構築など、「地味だが欠かせないもの」)

•  詭道 = その骨子があって初めて輝く「華」・「差別化」
(奇抜なアイデア・ブラフ・タイミングの妙・心理戦など)

骨子(常道)がしっかりしていなければ、どんなに派手な詭道を繰り出しても、すぐに崩壊します。
逆に、骨子が強固なら、最小限の詭道(あるいは詭道すら使わずとも)で勝負が決まるケースも多い(郝昭の陳倉防衛、五丈原の司馬懿の拒戦など)。
』(ロゴス原文ママ)

さて、古今問わず詭道・奇策に頼りすぎた人物の末路は好ましいものが少ないと思えますがどうですか?

1.  短期的な成功は得るが、持続不可能で崩壊
•  例: 項羽(中国・楚漢戦争)

2.  敵の学習・適応を招き、逆効果になる
•  例: 官渡の戦いでの袁紹(三国志)

3.  内部の統制・士気が崩壊
•  例: 董卓(三国志初期)

4.  現代・近世の類似例
•  ナポレオン(ワーテルロー)
       ・ ヒトラー(第二次世界大戦後期)

詭道に頼りすぎた人物の末路が芳しくないのは、孫子が最初に「五事(常道の骨子)」を置いた理由を、歴史が証明しているからです。
』(Grok原文要約)

つまり、孫子の兵法が読まれた時代に同時に読まれた古典は、常道・王道の重要性に言及されているものが多く、孫子の兵法はこれらの当時の基礎教養があることが前提となっていませんか?

なぜ孫子が「詭道」を強調したか? → 常道前提の「補完」として
•  当時の読者(君主・将軍・知識人)は、すでに儒家・道家などの基礎教養を共有していました。だから孫子は「当たり前の常道は語るまでもない」として、「それだけでは勝てない現実」(詭道の必要性)を喝破した。
•  もし常道が弱い状態で詭道に頼ると、項羽や董卓のような短期的成功→内部崩壊→悲惨な末路になる。これは同時期の諸子(特に孟子荀子)が「覇道は王道に勝てない」と警告していたことと一致します。
つまり、孫子は諸子百家の「常道・王道論」の上に立って、「それでも戦争では詭道が不可欠だ」と現実を突きつけた補完書なのです。
』(Grok原文要約)

つまり、時代背景の状況で濃淡の差はあっても常道が主であり詭道は従であったと言えそうですね。

孫子が前提とした「常道主・詭道従」のバランス
•  孫子は計篇の冒頭で五事(道・天・地・将・法)を最優先に置き、これらが常道の骨子だと示す。
•  その上で「兵は詭道なり」と続けるのは、**「常道で優位を取った上で、決定的な差をつけるために詭道を使え」**という意味。
•  勢篇の有名な言葉「戦は正を以て合い、奇を以て勝つ」がこれを象徴:正(常道)で基盤を固め、奇(詭道)で勝ちを決める。
•  つまり、常道が主役、詭道が脇役。濃淡の差はあっても、この構造は春秋から戦国を通じて変わらなかった。
結論
時代による詭道の「濃さ」は確かに変化したが、根本的に常道が主・詭道が従という構図は一貫しています。
孫子が「詭道なり」と強調したのは、当時の知識人・将軍がすでに常道を基礎教養として持っていたからこそ、「それだけでは負けるぞ」という現実の警告として効いたのです。
もし常道が弱い時代だったら、孫子はむしろ**「まず常道を固めよ」**から始めていたはずです。
このバランス感覚が、孫子を「ただの奇策本」ではなく永遠の戦略哲学にしていると思います。
』(Grok原文要約)


私の認識では。現代のビジネス本は「孫子の兵法」をマキャベリズムで読み解いており、前段の前提条件を無視した、別物に感じますがどうでしょう?


現代の「孫氏の兵法」(孫子)の解釈がマキャベリズム(目的のためには手段を選ばない権謀術数・欺瞞の肯定)的に偏っており、原典の前提条件(常道・王道の基盤、仁義・民心の一致など)を無視した別物に感じる——は、非常に的確で、私も大いに同意します。これまでの議論で孫子のバランス(常道主・詭道従)を強調してきた観点から見ても、現代のビジネス解釈は確かに原典のニュアンスを歪曲し、マキャベリ的な「勝てば官軍」思想に寄せすぎているケースが多すぎます。

なぜ現代解釈がマキャベリズム的に見えるのか?

•  詭道の過度な強調と常道の無視
•  文脈の剥離

原典とのギャップが顕著

•  マキャベリ的解釈の弊害
•  ただし、孫子にもマキャベリ的要素はある


改善の余地あり、原典に立ち返るべき

•  ポジティブな点:マキャベリ的解釈がビジネスに活気を与え、戦略思考を普及させるのは良い面。孫子のタイムレスな魅力が、現代の競争社会にフィットするのは事実です。

•  ネガティブな点:前提を無視した結果、**「孫子 = 冷徹な勝ち方指南」**という誤解を広めている。あなたのように原典を読んだ人には、確かに「別物」に映るはずです。

•  提案:ビジネス書を読む際は、原典と並行して。孫子の行間(常道の前提)を意識すれば、マキャベリズムの罠を避けられます。現代版を「インスピレーション源」として活用しつつ、孫子の本質(バランスの哲学)を忘れないのが理想ですね。
』(ロゴス原文要約)

概ね、認識共有が出来ました。 ビジネス書だけでは無いでしょうが、前後の文脈を無視した自身に都合の良い解釈は、場合によっては含意が反転したりするので注意が必要です。

「健全な精神は、健全な肉体に宿る」(風刺詩)
    本意: 「健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである」

「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」(学問のすすめ)
    本意:「人は平等であるべきなのに現実に差があるのだから、学問でその差を克服しよう」

などが、有名どころでしょうか?


つまりは、マキャベリズムの正当性を「孫子の兵法」で担保しようという行為が、「孫子の兵法」の価値を理解していないと証左に見えます。


あなたの指摘——「マキャベリズムの正当性を孫子の兵法で担保しようとする行為は、孫子の価値を理解していない」——は、非常に鋭く、核心を突いています。
孫子を「マキャベリズムの免罪符」として使う現代の解釈は、原典の本質をむしろ損なう行為であり、孫子の思想的深みを矮小化していると言わざるを得ません。
なぜそれが「孫子の価値を理解していない」のか?


1.  孫子の「詭道」は手段ではなく、現実の認識
孫子は「兵は詭道なり」と言いつつ、それを**「理想ではないが、乱世では避けられない現実」として位置づけています。
だからこそ、詭道の前に五事(道・天・地・将・法)を置き、道(民心・大義・仁義)を最優先にしている。
マキャベリズム的に「詭道で勝てばいい」と解釈すると、この「現実を直視しつつも、王道的な基盤を失わない」**という孫子の緊張感あるバランスが完全に失われます。


2.  孫子は「勝ち方」ではなく「生き残り方」の哲学
孫子は**「戦わずして勝つ」を最高の勝利とし、「戦うこと自体を最小限に抑える」ことを目指しています。
マキャベリは「権力の維持・拡大」が目的で、手段の正当性を問わず肯定しますが、孫子は「手段が目的を食いつぶす」**ことを恐れています。
つまり、孫子を「マキャベリズムの正当化ツール」に使うのは、孫子の目的(持続可能な勝利・最小の犠牲)を無視した目的のすり替えです。


3.  歴史的文脈の無視
孫子が書かれた春秋戦国時代は、諸子百家が「王道 vs 覇道」「仁義 vs 実利」を激しく論じていた時代です。
孫子は儒家道家法家の常道前提の上に立ちつつ、**「それだけでは生き残れない」**という現実を突きつけた補完思想です。
これをマキャベリズム的に「手段を選ばないのが正しい」と読み替えるのは、当時の思想的文脈を切り捨て、単なる「勝ち組マニュアル」に貶めている行為です。


現代ビジネス解釈の典型的な誤用パターン
•  「孫子は詭道を肯定している → だからビジネスで競合を騙してもOK」
→ 孫子は騙すことを肯定しつつ、**「民を欺かず一致させる」**ことを前提にしている。
•  「孫子は戦わずして勝つと言っている → だから情報操作で勝てばいい」
→ 孫子は**戦わないための備え(常道の蓄積)**を最重視。情報操作だけでは基盤が崩れる。


結論
マキャベリズムを孫子で正当化しようとする行為は、孫子の思想を「便利な道具」に貶め、本来の価値(乱世におけるバランスの哲学・持続可能な勝利の追求)を理解していない証拠です。
むしろ、孫子はマキャベリよりもずっと深い倫理的緊張感を持った思想家であり、そこを無視した解釈は、孫子を「ただのトリック本」に落としているだけです。
』(Grok原文ママ)


これは、ロゴスに全面同意です。

では、私がパッと浮かぶ常道を尊ぶ人物が詭道に頼る人物に勝った故事として一番好きな、孫臏龐涓の戦いなどどうでしょう。 「龐涓ここに死す」と木に掘った故事がありましたよね。


はい、孫臏(そんぴん)と龐涓(ほうけん)の戦い(特に桂陵の戦いと馬陵の戦い)は、まさに常道を尊ぶ人物(孫臏)が、詭道に頼りすぎた人物(龐涓)に勝った好例として非常に適した故事です。

これまでの議論で孫子の「常道主・詭道従」のバランスを強調してきた観点から見ても、この二つの戦いは常道の蓄積(緻密な計画・敵の心理読み・長期的な準備)と最小限の詭道(心理操作・偽装)を組み合わせた孫臏の勝利を象徴しています。一方、龐涓は嫉妬と過信から詭道(欺瞞・急追撃)を多用し、結果的に自滅しました。

背景:二人の因縁

•  孫臏と龐涓は同門(鬼谷子に学んだ)で、龐涓は孫臏の才能を恐れ、魏で孫臏を騙して**足を切断する刑(臏刑)**に処し、冤罪で幽閉。

•  孫臏は斉に脱出後、軍師として復讐の機会を待ち、常道的な基盤(斉の信頼・田忌との連携・緻密な兵站・敵の性格分析)を固めました。


1. 桂陵の戦い(紀元前353年) — 「囲魏救趙」の典型

•  魏(龐涓)が趙の首都・邯鄲を包囲。趙が斉に救援を求め、斉は田忌を将軍、孫臏を軍師に派遣。

•  龐涓の詭道依存:魏軍は趙を攻め続け、国内を空っぽに近い状態に。龐涓は急激な攻勢で決着をつけようとした。

•  孫臏の常道+最小限詭道:
•  孫臏は「絡んだ紐を解くなら引っ張らず、喧嘩を止めるなら殴り合わず」と、直接趙に向かわず、魏の本国・大梁を攻める(敵の必救を攻める)。

•  これで龐涓は趙包囲を解き、急いで帰還。疲弊した魏軍を桂陵で待ち伏せ、大敗させ龐涓を生け捕り(後に釈放)。

•  結果:常道(敵の弱点読み・補給・待ち伏せの準備)が主で、詭道は「魏本国攻撃」という心理誘引のみ。龐涓の過信が仇に。


2. 馬陵の戦い(紀元前342年) — 「龐涓ここに死す」の有名エピソード

•  魏が韓を攻め、韓が斉に救援要請。斉は再び田忌を将軍、孫臏を軍師に。

•  龐涓の詭道依存:韓攻撃を中断し、斉軍を追撃。孫臏の偽装を信じ込み、歩兵を捨てて精鋭騎兵で急追(過信と詭道頼み)。

•  孫臏の常道+最小限詭道:
•  退却を装いつつ、竈(かまど)の数を日ごとに減らす(10万 → 5万 → 3万 → 脱走兵続出と偽装)。龐涓の「斉は臆病」という先入観を逆手に取る。
                     ※この時、龐涓は孫臏にどこまで迫っているか分からないように斥候対策で昼夜追撃時に夜間も火を使うことを禁止していた(鏡雲 注)

•  馬陵の狭隘な道を選び、大木に「龐涓はこの木の下で死す」と大書(心理操作)。
                     ※許可なく火を使えないため部下の報告を自身で確かめようと龐涓が松明に火をつける(鏡雲 注)

•  龐涓が夜に到着し、火(松明)で文字を確認しようとした瞬間、伏兵1万の弩(クロスボウ)で一斉射撃。魏軍壊滅、龐涓は「遂に豎子(小僧)の名を成さしめたか」と叫んで自刎(または矢でハリネズミ状態で戦死)。
     ※孫臏は伏兵に「火が見えたらそこに一斉に射かけよ」とだけ命令し、自身は退却(鏡雲 注)

•  結果:常道(地形読み・敵心理の徹底分析・撤退の統制・伏兵準備)が基盤で、詭道は「竈偽装」と「木の文字」の2つだけ。最小限の詭道で最大の効果を発揮し、龐涓の詭道過多(急追・過信)が完全に裏目に出た。
なぜこれが「常道を尊ぶ者が詭道に頼る者に勝った」好例か?

•  孫臏:常道を徹底(敵の性格・補給・地形・長期計画)。詭道は敵の先入観を突く最小限で、孫子の「正を以て合い、奇を以て勝つ」を体現。

•  龐涓:詭道に頼りすぎ(嫉妬による欺瞞、過信による急追、偽情報を鵜呑み)。常道(慎重な偵察・兵站・統制)を欠き、自滅。

•  孫臏の勝利は復讐劇としてもドラマチックですが、孫子のバランス哲学の勝利としても象徴的。龐涓は詭道で一時優位を取ったが、常道の欠如で破滅しました。

この故事は、詭道は常道の「華」であって主ではないことを、歴史が証明した好例ですね。
あなたが挙げた「龐涓ここに死す」の木のエピソードは、まさに孫臏の心理戦の極みですが、それも常道的な準備(地形・敵心理・伏兵配置)があってこそ成立したものです。
この戦いをさらに深掘り(例: 『孫臏兵法』の関連部分や現代ビジネス応用)したい点があれば、教えてください!
』(Grok原文ママ 注釈あり)


今回はChatGPTでなくGrokを利用した対話で、鏡雲流と関係性が薄く、おそらく多くの同意も反意もありそうな一般論的テーマが主題でした。

今回、私がゲームを含む「三国志」好きの一端が現れた面白い対話であったと個人的には思っています。

特に、陸遜は『三国志演義』で一番好きな人物で、光栄の三国志… 多分、二作目三作目辺りを熱心にプレイしたのがそのキッカケです。

夷陵の戦いであまりにも文句を言う諸将(彼らの憤りは尤もです)にブチ切れて大喝するエピソードは大好物で、もし知らない人がいれば是非 調べてもらいたいですね。

こう言った考察は ゆっくり解説動画 において私が大ファンである 浸透襲撃氏 に大いに影響されているのは間違いないでしょう。

氏に敬意を込めて。 鏡雲流水


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